[Takashi Kamide’s Blog] 音楽家「カミデタカシ」のブログ

  1. ♪ Note

ツイッターでフォロバしない人は嫌われる?

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(更新2019/10/31)「フォローバックしないくせにイイねだけをしてくる」、「リツイートしといてフォローバックしないカス」とか、ネットではいろいろ言っている人がいます。そもそもフォローバックするしない、それはそんなに大切なことなんでしょうか?

フォローバック(フォロバ)

フォローバックとはフォローしてくれた人に対してフォロー返しする行為、略してフォロバといいます。

ツイッターを始めた当初はフォローバックをしていましたが、今は基本的にフォロバはしません。友人知人がフォローしてくれた場合は、「おひさー」くらいの感覚でフォロバします。知り合いでもなく面白そうな記事や役立ちそうな記事を書いている人は一定期間フォローしますが、興味なくなれば外します。

この外すという行為がフォローバックでつながった瞬間、簡単に外しにくくなってきます。

フォロバしない理由

前述したようにツイッターを始めた当初は、フォローしていただいた方に対してフォローバックしていました。しかし、ある理由があって止めました。

ボクは一時的に知識や資料が必要なときに、一定のアカウントをたくさんフォローします。その後、必要に応じてフォローを解除します。こっちも気にしませんし相手も気にしないでしょうここがツイッターの良いところと思っています。

定期的にフォローしている人も時々整理します。友人知人でも死んでいるアカウントはフォロー解除します。「ひたすら」自己宣伝ばかりして、こちらに「ひたすら」無関心な知人も解除します。相手の宣伝ライブ告知などをリツイート紹介しても、ひたすら全く当たり前にこちらに無関心な「友人?」です(もしかして「ミュート」してる?)。

たかだかフォローするしないで友人関係が壊れるなら、それまででしょう。

困るのはフォローバックした「友人知人でない人たち」です。リアルで知らないので気を遣います。こっちが解除しているのに向こうはフォローしたままになっていては居心地が悪いです。



結果、フォロー解除はせず、「ミュート」して相手のツイートが表示されないようにします。そうしないと見たい人の情報を見逃してしまうからです。これはある意味本人が知ればショックかもしれません。

こうなると本来のフォローするという意味が全くないです。ツイッターを使う意味の無いつながりです。これ以上そういった人を増やしたくないので、安易にフォロバしないのです。

ミュートしている人が多いので、実際にフォローして表示している人は10数人程度と思います。

また、過去にフォロワーさんに気を遣ってフォロバして、その後、先方からフォローを外した場合は、心おきなくフォローを外させて頂いています。

承認欲求のどつぼにハマる

それと最も怖いのが、「承認欲求のどつぼにハマる」ことです。

SNSでつながりを広げれば広げるほど、その関係性が深まるほどに「いいね」の数が気になり出します。自分のちょっとしたつぶやきに、どれだけ「いいね」がついたかを気にし出します。

そうするとSNSにとられる時間がおのずと多くなってきます。これを抑制できる人ってなかなかいないと思います。

まさにSNS運営者の思うつぼですね。彼らはこうしてSNSN利用者の承認欲求を煽って利用して釘付けにすることで、そこで表示されるスポンサー広告から収入を得ているのです。ある意味、TV番組などのシステムと同じかもしれません。社会のシステムとしてそれは合法的なことですし、ほどほどに接するのであれば害はありません。しかしSNS内でのネットワークや関係性を深めれば深めるほど、承認欲求も強くなって依存度もまた強くなっていきます。

だから最初から関係性を薄くしておくことで、SNSのコミュニティー的な機能には深入りしないことにしているのです。それは自分自身が人一倍流されやすい性格ということをよく知っているからです。

フォロワーを軽んじている?

ボクはフォロバはしませんが、フォローしていただいて、時々「いいね」やコメントをくれる方の記事を見ます。

また、コミュニティ関係のアカウントをフォローしていれば大概フォロワーの方の記事も見ることができます。音楽や動画などは必ず見て「いいね」します。興味があれば、リンク先のブログ記事も読みます。

この行為はある人にとっては、「フォローバックしないくせにイイねだけをしてくる」、「リツイートしといてフォローバックしないカス」というように見えるのでしょう。そういった人たちの意識を変えることはボクには無理ですので仕方ありません。

しかし、ボク自身は今のやり方のほうが、とりあえず形だけフォロバして無関心(ミュートする)よりも、ずっと良いと思っています。体裁だけを繕ってさも常識人(イイ人)のように振る舞っている人間のほうが、よほど「カス」と思うのですが?

フォロワーという概念

ツイッターとは別のSNSでFacebookがあります。こちらは友達とフォロワーが明確に分けられています。「友達」という立ち位置と単にその人の記事に関心を寄せる「フォロワー」という立ち位置です。

「友達」申請をして相手が承認しない限り、この友達関係は成立しません。また初期設定で自分とつながりのない人は「友達申請が出来ない」ようにすることが出来ます。友達申請出来ない場合は「フォロワー」となります。

要するにフォロワーは友達ではないのです。

ここで仮に、Facebookの何ら見ず知らずの「フォロワー」の人に対して、「いやいやフォローしていただいたので、こちらもフォローしますよ」といちいち返していると、相手によっては「気持ちわる」となるかもしれません。

知り合いでも何でもないことは先刻承知なので、詰め寄ってこられると「何?」と思うかもしれません。それこそ「芸能人」でも何でも無い人に、「いえいえ、こっちも関心持ってますよー!」と来られてうれしくもなんともない場合もあります。

フォロワーというのは、友人とは違う距離感があるからこそ、気軽な関係性でいることができるものだと思っています。それは興味ある人に軽くチェックを入れるような感じ。その程度のことに必要以上の気遣いが生じることに違和感を感じるのです。

なぜ怒りを感じる人がいるのか

では、なぜフォローバックしないという行為に怒りを感じる人がいるのか。これには二つの理由があると思います。

相互リンクという考え方

インターネットが始まった頃にホームページを立ち上げた、アーティストやクリエイターの人たちがいます。それぞれが友人知人、関係者、ホームページを通じて知り合った人、そういう人たちのホームページを自分のページで紹介する「リンクページ」というものを作ることが一般的でした。

そうやってお互いのことをリンクページで紹介することを相互リンクと呼びました。フォローバックもツイッターが始まった当初は、相互フォローというふうに呼ばれていたことがあります。

未だにこの概念が残っている人がいて、ツイッターでも相互依存、相互利益を分かち合うのが当たり前という考え方です。



しかし、相互フォロー(フォロバ)という行為も突き詰めれば、フォロワー集めの為の行為ような気がします。「フォロバするからフォローして下さい」みたいな...名目上は相互依存、相互利益、つながりとか言っても、結局は自分の目的が中心なんです。

自己中心的な考えが根底にあるからこそ、思いどおりにならない他者に対しての怒りへとつながるのだと思います。

オレを誰や思とんねん

フォロワーの多い少ないは、マーケッティングの観点からすれば影響力のあるなしを意味します。そこからフォローという行為を「親切」と勘違いしている人がいます。フォロバしない行為を親切に対して「無視」したととってしまうのです。

車に乗っていてちょっとしたトラブルに巻き込まれることがあります。あまり人相の良くないお兄さんに「オレを誰や思とんねん」といわれたときに「知らんなー」と言って、さらに相手の怒りを買ったことがあります(笑)。

パソコンやスマホに向き合っていると「自分が一番」と思いがちです。これは車のハンドルを握ったときに似ているように思います。まさに「オレを誰や思とんねん」です。SNS等をやっていると自分の殻に閉じこもっているぶん、妙に怒りっぽくなってしまう傾向も加味されているかもしれませんね。

その他もろもろ

フォロワーの数は影響力の数ということから、フォロワー集めのためにフォローするという人もいます。記事の内容が興味ないからという理由でフォローを外す人は、しばらく後にフォローを外すことが多いですが、フォロワー集めの人はフォロバしないと1日でフォローを外します。

サイコパスやナルシストの傾向にある人は、「フォローしてあげてるのに」みたいな感覚があるのかもしれません。あえて関わらない方が無難かもしれません。

人とのつきあい方、ネットとのつきあい方

ネットでSNSをしていると疲れるという声も聴きます。膨大な情報を前にして、目に見えない大きな怪物を相手にしているような気になるときがあります。

いろいろな考え方の人がいると思います。自分の中の常識は相手の中の常識と違うこともあります。考え方の違う人の意見は拝聴しつつも、そういう人と一緒に有意義な楽しい時間を過ごせるとは思えません。

どういったつきあい方を選ぶかは自分自身で決めることであって、他人の中で作り上げられた「常識」に従う必要は無いと思います。

形だけ取り繕って「常識」という枠の中で過ごす人、とりあえずまわりの同意を得られるようにやり過ごす人、尊大な態度は自分自身なのに相手を責める人、そういった人たちはすべて自分自信の中にも存在するということを忘れないようにしたいです。

相手の意識をかえることは無理でも、自分自身の意識は変えることは可能です。自分と考えの違う人を必要以上に責めることなく、自分にとって何が本来の自分でいられるかを優先して考えたいです。

人とのつきあい方、ネットとのつきあい方、人それぞれで良いのではないでしょうか。

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この記事を書いた人

[カミデタカシ]
日々、ピアノを弾くことで生計を立てています。アコーディオンも弾きます。そしてひたすら音楽製作してます。ゆるりと生きています。 

プロフィール詳細

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「生と死」をテーマにしたCompetitionに参加するために音楽制作しました。是非ご覧下さい!

第二回 BUNCA Competition Music部門「生と死」参加作品

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