心が感じたままに

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JASRAC批判を考える

JASRAC(一般社団法人日本音楽著作権協会)ほど噂話とゴシップで様々な人から攻撃されている、そして、あろうことか一部の音楽家からも批判されている、そんな団体も珍しいのでは?と思います。ほんとうのところどうなんでしょうか?

一度広まってしまった、世の中の噂話とかゴシップほど怖いものはありません。一度誤解されるとなかなか払拭できません。今回はこのJASRACのゴシップと一般の方々の認識について考えてみたいと思います。

まず、その前にマネジメントのお話から...

承前〜ある起業家とのお話

先日、ある起業家の方と仕事のことでお話しする機会がありました。最近、始めたTシャツの販売もポンとまとめ買いしてくれました。ブログもよく見ていただいているようで、著作権フリーの音源の話になりました。

「あの著作権フリーの音楽、先生(彼より一回り以上年下の私のことです)の音楽は大好きやし尊敬するけど、金儲けはへたくそやな」と痛烈な一言(笑)。

「ブログのアクセスアップからアフィリエイト効果を狙ったんですがダメですかね〜」

「うーん...どこの誰かわからん一部の人が喜んで終わりと違うかな」

「Facebook広告から新規、呼び込んだりして....を狙ってるんですが」

「Facebookの{いいね!}は全部タダみたいなもん、お金になりまへん。イベント告知に{いいね!}する人はたくさんいても、実際、ほとんどの人は来ません...というか、音楽家は音楽そのものをシステムのメインにしないとさ〜ダメと違う?」

さらに、

「大事な音楽たちにタダ働きさせたらかわいそうですよ」

という感じで、マネジメントの話をしっかり(笑)教えて頂きました。

群れ社会

世の中、自分で判断する人はほんの一握りで、あとはそれに追従する群れのようなもの

ほとんどの人は自分の行動や発言に責任を持つのを嫌います。だから、あえてみんな発言しません。一握りのリーダーに従うのが安全なのです。群れ社会というものはそういう構造になっています。

世の中がどちらに向かって流れているか、それを察知しながら常に勢いのある方向へと向かいます。その中にリーダーとおぼしき人がいれば、そちらに判断をゆだねる人がほとんどです。そういう人たちはリーダーのいったことを反芻して自分の意見のように思い込みます。

まるで飼い慣らされた羊の群れのように、一つの群れの塊が同じ方向へと向かいます。群れの中で群れにそぐ合う発言、行動をします。良い方向へ向かえば罪のない集団、悪い方向へ向かえば醜い群衆となります。

そういった社会構造で自分の立ち位置を確保して、ある程度流れをコントロールするには、まず何が必要か。それは「社会的証明」です。

社会的証明

「有名で売れているという社会的証明

イイものを作れば売れるという考え方は今の世の中では通用しなくなってきています。でも「有名で売れているという社会的証明」があれば売れます。そしてその中でほんとうにイイものだけが残っていきます。

人はたくさん目にするもの、耳にするものに親近感を抱きます。自分が知っているというだけで友達のように感じるときもあります。有名人を昔からの友人のように感じるのも、日常生活で頻繁に目にするからです。ヒット曲が耳に残るのはたくさん聞くからです(うんざりするくらい)。

当然ながら「知っている友達」は応援しようという気持ちになります。有名人は知っている友達なのです。

社会的証明を保証してくれるのが次に挙げる「社会的権威」です。

社会的権威

Facebookやtwitterで人気があることに越したことはないのですが、「ちょっと胡散臭い」ように思われます。結局人が一番信頼するのは、「TV、新聞、ラジオ」という古くからあるメディアです。逆にこの3大メディアで取り上げられている人はネットでも人気があります。YouTuberの存在自体も3メディアが取り上げたからこそ認知度が上がったのです。

ネット上のインフルエンサーも確かに影響力はありますが、「信頼度」という点では3代メディアに譲るところが大きいです。実際、ネットで絶大にな人気を誇るような人でもTV出演が決まるとあからさまに宣伝します。ネットの人気者であってもオールドメディアといわれる3大メディアに認められることによって、社会的信用を得られたことになります。

だから、この3大メディアがイイといったものは、イイのです。現代ではこの社会的権威が「大きな群れのリーダー」となっています。早い話、群れのリーダーがイイといったものはイイのです。

ネットの時代が進んだといっても、この信頼度はそう簡単に崩れません。それこそ一部の人が「TV、新聞、ラジオ」の虚偽性をネットで告発していますが、世間一般通じてネットでの出来事は全体では一部しかないのです。

そんなに偉いの?みたいな気持ちにもなりますが、一般人の信頼度は3大メディアにはかないません。これが現実です。人の美徳とはまた別の話です。

システムの稼働

社会的証明の戦略、社会的権威につながる方法、それらは多岐にわたっていて、コレだけやれればいいとかいう「誰がやっても再現性のあるもの」ものはなく、人によって変わってきます。

こういったことを知った上で自分なりの戦略を立てて、その「システムを稼働」していくことが大事と思います。

私も何が正しいとかはいいきれません。そんな方法があればみんな苦労しません。だから苦労して「その人なりの方法」を探すしかありません。そう行動あるのみです。

もちろん、売ればイイ、認められればイイ、というものではなくて、最終的には自分の持っているコンテンツが最良ものであるということはいうまでもありません。ただ、ある程度の戦略を錬ることなく、やみくもに行動することは避けたいものです。

ここからは、そうやって苦労して自分のやり方、方法論を確立するほかにもう一つ準備しておくこと。それは、

自分のために働いてくれる「音楽」たちのお金の管理です。

お金の話

日本人はお金大好きなくせに、お金が入ってくるとかお金儲けの話を嫌います。お金があれば幸せになれると信じている悲しい人もいますが、そういう人ほどお金儲けの話を嫌います。そのくせ「宝くじ」とかで、空から降ってくるのを待っていたりします。「世の中そんなに甘くない」といいながら、甘い夢を見続ける人たちです。

お金で幸せは買えません。安心を買えるだけです。そういう意味でお金は大事なのです。そう、安心を買うためにお金は必要なのです。お金は安心して生活していくためのツールです。

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お金は事業を運営する上での燃料です。燃料が尽きると事業は傾きます。生活も傾きます。

お金の管理、この下地は出来るだけ早いうちに作っておいた方が良いということです。社会的証明や社会的権威よりも真っ先に自分の中で管理プランを準備しておかないといけないのです。

冒頭でイケてないと指摘されたのは、無料音源の配布そのものではなくコンテンツの扱い方。現時点での無料配布を中心にするのは、「資産管理のできていない、単なるばらまき」であるということですね。

本来「無料」というのは、高額コンテンツへ引き入れるための「撒き餌」なので、それ以外に使うことはあまり意味が無いのです。まずは音楽の著作権を把握して、社会的信用と権威を利用してお金の流れを作るシステムを考えるということですね。社会的信用あるものが「無料」で何かをすると「群衆」は飛びつきます。また「無料」というのは集客のための作戦でもあるので、集客後の顧客管理プランは必須です。

前振りがいつも以上に長くなりましたが、ようやくここから「本題」入ろうと思います。このお金の回収作業というか集金というもの(特にTV、ラジオ、その他大手メディアからの集金のみならず、演奏会での楽曲利用、映画での挿入曲、デジタル配信、Youtube動画で使われた音楽に至るまで多岐にわたる)にJASRACが関わってくるということなのです。

参考文献

そもそもJASRACとは?

JASRACといえば、「なんとなく」悪いイメージがあります。この「なんとなく」がくせもので、私もごく最近までそういった漠然としたイメージを持っていました。「音楽の名のもとに私腹を肥やす団体」という根拠のない都市伝説を信じ込んでいるひと、ほんとうに多いです。

私も正直なところアンチJASRACでした。それは無知な先輩(あえて無知と書いています)音楽家や音楽関係者の影響によるところが大きいです。音楽の権利とその収益の流れに無知であるということは、学生のクラブ活動の次元で仕事をしている(自分自身もまたそうであった)といわざるを得ません。

調べれば調べるほど「自分の作った大切な作品を守っていく」ためには不可欠な存在とわかってきました。

なにをやっているところ?

音楽を作るクリエイター(演奏家も含めて)、それを聴く(または利用する)オーディエンス、そのふたつの間をとりもつざまざまなメディア、音楽の世界はこの三角関係で成り立っています。

音楽を作った人たちは作品から得られる収益で生活の糧を得ています。規模が小さい個人商店のようなものなら自分で全て管理できますが、全国規模になるともうお手上げです。最近ではネット配信があるのでそれこそ世界規模です。

音楽を作った本人に変わって、これらの財務管理をやってくれるのがJASRACです。下世話な言い方をすると集金屋さんです。

よく「日本の音楽業界は衰退した原因」とか「街から音楽が消えた」とかいわれることがありますが、常識から考えてほんのわずかな利用料(経費)で音楽が消えるのなら、それはマネジメントの問題です。それに音楽は時代と共に利用形態が変わっただけで、衰退していませんし消えていません。後述しますが、タダで音楽を利用したい連中の作り出したデマです。

音楽に経費をかけずに「お金儲け」をしたい連中の作り出したデマなのです。

参照:最近では「障害者団体の主催するコンサートからの徴収」の記事がありました。無料コンサートにすれば、音楽利用料も発生しなかったはずなのに、利益を出すために宣伝して有料コンサートにしたためです。社会通念上、たとえ障害者であっても「利益は上げたいが経費は払いたくない」は通りません。

JASRACは音楽業界のマーケティングやマネジメントとは無縁です。そんなことをいう権利も権限もありませんし、していません。粛々とクリエイターの代理として集金業務をしているだけです。

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世間で言う音楽文化の衰退とも一切関係ありません。そもそもそんなことを左右できる権力もありません。何度もいいますが開示されているデータ、システムにしがって集金しているだけです。

人からお金を集める職業というのは元来嫌われてしまうものなのですが、集金業務をしているからといって悪徳金融業と一緒にしてはいけません。ほんとうに誤解もいいところです。

本当に強引な集金か

よく聞く話で「JASRACに店一軒潰された!」というのがあります。これはソース不明の都市伝説です。

ーーーー*

大阪でJAZZ喫茶をしているおばあさんがいました。或る日、JASRACを名乗る男がきて「貴店で流れている音楽はJASRAC管理のものなので使用料金を払って頂きたい」と言われました。

お店をオープンした何十年前にまでさかのぼって請求(血も涙もない)され、その金額はお店の数年分の売上に相当するものでした。おばあさんはこのまま店を続けていくのは困難と思い、店を売り払い、そのお金で多額の使用料を払ったそうです。

ーーーー*

涙なしには語れません。このおばあさん、このあとどうなったんでしょう....あれ?....

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お店をオープンした何十年前にさかのぼって請求?さかのぼれるのは法的に10年じゃなかった?...ん?...経営が困難になるほどの請求って...たしか音楽流すだけなら年間利用料6千円じゃなかった?えーと月額500円ですけど...と冷静に判断すればつっこみどころ満載です。

こういうのはよくある話ですが、店が潰れたのはもともと経営難のときに、たまたまJASRACの請求が来ただけかもしれません。年間利用料6千円10年分=6万円!(法的には10年でそれ以上は時効ー民法第167条 債権等の消滅時効)が払えず、今後も月額に換算して500円の支払いができないということなら、もともと経営困難でもう潰れる寸前だったというところでしょう。

この背景には店舗でのBGM利用に関する法律ができて、2002年4月からそれまで(*)無料だったものが有料になったことで、当時は不満を感じたお店も多かったのではと推察します。このあたりは、近年の音楽教室と同じムードを感じます。

集金業務をおこなうときに、うえから目線でモノをいったり、正論だからあたりまえと説明をキッチリしない、できない、頭の悪い社員がいるのは、これはもう会社という組織には逃れることのできない事実です。説明不足でまるで借金取りが来たような感じを抱かせてしまうようなことも、あったのかもしれませんが、これは憶測の範疇を出ません。

どんな場合であれ督促状が来ただけで普通はみんなビビってしまいます。未払い分請求とかニュースで取り上げられるとお金持ちの追徴課税並みの金額を想像しますよね。

BGM店舗利用は年間利用料6千円(面積が500㎡までの施設)、月額500円ですやん!今持っているCD流すんやったら有線放送つかうより安いよ−!こういったこと知っているお店、どれだけいるんでしょう?

(*)海外から「録音物の再生演奏に権利が及ばないことは国際条約違反である」と指摘を受けたこともあり、1999年6月の国会でこの規定が廃止され(2000年1月施行)、権利が認められたことから、2002年4月からBGM利用の管理を開始。(JASRACホームページより)

☆関連資料☆

JASRACの店舗でBGMに関するページ(こちらのよくある質問も参考になります

法律相談のページ(10年間さかのぼって利用料を請求された美容室

門前払いされたアーティスト

音楽を管理してもらおうと思ったら「JASRACに門前払いされた」という投稿を時々見かけます。相当勘違いされていると思います。音楽を管理してもらう信託契約とは、世に出回っている音楽から発生する金銭的なやりとりを、クリエイターに変わってJASRACがかわりにするというもの。

趣味で作った音楽、そこからお金のやりとりが発生しないものを登録してもなんらメリットがないばかりか、信託料がもったいないだけです。集金することが業務の会社に集金先のないものを管理してくれって....そんな文句言っている暇があったら、信託料のお金で音源のひとつでも買ってたくさん創作して世に送り出しましょう。

JASRACを悪者にして得をする人たち

たしかにJASRACの社員の中には不届きものがいるという話は聞きます。しかし不届き者は学校の先生、警察官、さらには裁判官にもいるわけで、イコールその組織ではありません(もちろん社員教育や管理体制はしっかりすべきですが)。

JASRACがここまで悪者になるには、そういった「悪説」を流布する人たちが存在しているからです。損得勘定の人もいれば、無知からの行動言動であったりします。そういったものを列挙してみました。

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悪徳音楽事務所

所属のタレントや音楽家に支払いをきちんとしていない悪徳事務所や悪徳出版社。自分たちの適当さをごまかすためには「悪者」が必要となってきます。卑劣な行為にJASRACの関与を匂わすことで、悪徳な行いを他者にすり替えようとする行為です。

CD売上などアーティストの著作権も含まれる利益をまるまる懐に入れている、インディーズレーベル等はこの範疇に入るでしょう。JASRACは「音楽業界の敵」と吹き込んでおかないと、所属アーティストが信託者になったら、CDプレスした枚数分信託者にお金払わないといけませんから。信託者になるためには一定の条件をクリアーしないといけないので、新人など実績が無い状態では信託契約はできない。それを見越した上での確信犯でしょうかね。この権利すら黙って100%自分のものとしてJASRACに信託してしまう極悪人もいます。

JASRACは「音楽業界の敵」、無垢なアーティストはこのレーベル代表の言葉を信じます。

悪徳出版社

悪徳事務所の話の一部は、恥ずかしながら若い頃の自分自身の体験談です。私の場合、相手は出版社でした。製作をした音楽を知らないうちに、こちらの確認許可無くJASRACに登録されていました。もちろんその間、こちらに支払いはまったくありませんでした。その後、NHK出版に楽曲登録するときにその事実を知りました。自分自身で信託契約していれば、こういったこともはやく気がついていたことでしょう。その後、50/50契約を交わして無事支払われるようになりました。

金儲け主義のライブハウス

その他、著作権使用料を払いたくないライブハウス、JASRACと契約しているけど音楽の利用状況報告を「めどくさくて」ちゃんとやっていないライブハウス(これは義務ではありませんが...)、もしくは、ケチって契約していないお店。

早い話、自分たちの利益収益のみしか頭の中にない「ライブハウス」です。集金屋さんにすぎないJASRACに対して「カネの亡者」とか流布しているのがこのあたりの連中。「どっちがやねん!」といいたいところですが。

こんな連中は音楽の将来なんて真剣に考えていません。考えているのは今日の店の売り上げだけです。

悪徳業者

他には有線放送やケーブルテレビ、通信カラオケなどの下請け営業業者。新しい機種の付け替え設置工事をするための営業トークに「付け替えないとJASRACの方針で曲が使えなくなる」ように伝える(完全に違法です)、悪徳業者。買い換える必要の無いものにお金を払わす悪徳な業者がいるということです。

一般の方は当然、JASRACってなんて悪辣なことを強要する団体なんだ、というイメージになります。何度も言いますが、JASRACはクリエイターから委託された集金屋さんです。設置機械のシステムとは無縁です。

最近の音楽教室の件に関しては、これはもう明らかにスムーズな値上げの準備でしょう。法的には何ら勝ち目がないのでデマゴーグの流布拡散に頼っているのが見え見えです。音楽教室を運営している、大手マスメディアにさえ影響力のある財閥、自社直轄出版社の管理曲をJASRACに信託しているということは、自社管理楽曲の利用料はほとんど換金されます。

それと、海外の教室ではしっかり著作権利用料払っておられますが、国内においてJASRACは「NO」というのも矛盾してます。いずれにしても大騒ぎして、裁判でどちらに転んでも損のない話なのです。

☆関連資料☆

JASRACと音楽教室問題とアーティストについて

音楽教育を守る会のおかしな点

PureもしくはPoorな芸術家

著名な画家、書道家で音楽教室の問題ではかなりお怒りの方も見かけました。こういった一見JASRACに関わりありそうな人(関わりないんですがね)が、クリエイター側の意見として尊重されたりしています。

絵や書の作品が無断使用されたときには烈火のごとく怒る人たちが、音楽作品にJASRACと名前が出るとなぜか攻撃に転じます。

じゃーですね、たとえばですよ、営利目的の音楽教室で、「XX画伯の絵が素晴らしいので写真に撮ってその画像を教本の表紙に印刷して使わせていただいています。いつもありがとうございまーす!おかげでたくさんの生徒(お客さん)が集まりました。今度は教室紹介のパンフレットに...え?著作権?え?払うんですか?音楽にも払ってないんですから、払いませんよ、だって文化を育てる大事な教育産業ですから」でいいんですね。その太っ腹には頭が下がります。

生活の糧にする人

ネットのNEWSメディアでもかなり偏ったタイトルの記事を見かけます。JASRACを悪者にした記事のほうがアクセス数が上がるからです。アクセス数が上がるとクリック型の広告に影響するからです。クリック型の広告を収入源としているメディアは結構ネットでは多いです。

そして、JASRACと戦うスーパーヒーローもいます。戦うためにお金を集めているのか、お金を集めるために戦うのか。そもそもこの人は都市伝説を背中に背負って、まわりを巻き込んで何のために戦っているのか。

おバカさん

そして最後は、無垢なミュージシャンです。

最初の悪徳事務所のコンテンツで例に出したような極悪インディーズ・レーベル。そんなレーベルに所属する若いミュージシャン。

「俺いっぱいライブハウスで演奏してるけどさー、もちろん全部オリジナル!でも、JASRACから一回もお金もらってないでー!あいつらこのお金、自分らでつかってるんとちゃう?」

お馬鹿さん...かわいそう...場合のよっては、アナタのお金は集金すらされていません。こんな「ざれごと」が支払いを受けとっていない音楽家の根拠だったりします。支払いを受けてないと主張するひとのほとんどが、楽曲が個人信託ではなく所属事務所管理に任せっぱなしが多いのも特徴ですね。それを信頼関係と言い切ってしまうのは、あまりにも無垢としかいいようありません。

世間という物は

私は長い間、どちらかというとアンチJASRACでした。でも世間の馬鹿騒ぎに「なんかおかしいぞ」と感じ続けてもいました。JASRACがほんとうに「ヤクザな組織」なら、こんな馬鹿騒ぎ、簡単に黙らせることができますよね(こわ〜)。

音楽を作るという「仕事」をマネジメント、マーケティングという視野で見たときに、JASRACの役割と自分との関わりがハッキリしてきました。それは音楽家にとってビジネスをする上で深い関わりがあるということです。彼らは我々の雑務を引き受けてくれるヘルパー的な存在なのです。

でも音楽家でも何でもない、世間の人たちはなぜこんなにもJASRACのことを悪く「いいたがる」のか。そのほとんどが前述したように、それを煽動することによって得をする人たちがいるということ、その煽動に完全に洗脳された人たちがいるということ。

とにかく騒ぎたい人たち

人は一度自分の考えに固執するとロックがかかってしまい、自分の考えを肯定する意見をひたすら追い求めるようになります。事実認証のデータではなく感情的な肯定意見を求めるのです。

一度、「悪」と決めた物に対して、その意見を正当化する根拠ばかりを追い求めるようになります。

絵や写真の無断利用に対してはみんな声を上げて怒るのに、音楽の無断利用にJASRACが絡むと「JASRAC、けしからん!」となるのは、最初からJASRAC=「悪」のバイアスがかかっているからです。

JASRAC批判の多くが意見です。だからその内容も二転三転して一貫性がありません。都合が悪くなると本題から逃げる「すり替え」を頻繁におこないます。感情にベースにした証拠なき噂話が根拠のことが多いです。公開データや資料があるのに、まるでそれらが極秘ファイルであるかのように私見を述べる人もいます。

この人たちは何をこんなに騒いでいるんだろう?くだらない噂話やツイートからちょっと目をそらして、疑問に答えてくれるデータを探す気はないんでしょうか?「検索」に必要項目を入力するだけです。使い方を知らないんでしょうか。

実際、自分で行動して調べるといったひとは、私の知っている範疇だけでもごく一部の人だけでした。

まさに冒頭にあげた「群れ社会」特有の醜い部分が出たケースです。

追記:校歌の額縁

最近では、〜「校歌」を載せたパンフレット配布に音楽利用料がかかると「JASRACから指導?」されたため、パンフレットに校歌を掲載せず、学校の体育館に「」に飾って掲示する、という内容の案内が配布された〜とツイッターで話題になりました。

この案内、校歌用の額を購入するという点はとんど目にとまらず、JASARACに音楽利用料を要求された事が問題かのように感じさせる内容です。これをツイートした人もそちらに目がいっています。そしてほとんどの人が、校歌に利用料がかかるということに目がいっています。そして賛否両論、騒ぎは明らかに「校歌に著作権使用料がかかることの問題」に向かっています。

しかし私にはこの案内は、JASRACの名前を出すことで「額」をスムーズに購入するための理由付けにしているように思えます。調べればわかることですが、校歌の歌詞印刷配布のための著作権利用料はそんなに高い物ではありません(数100円)。ですが額は高価(数万円)です。さらに体育館などに飾る大きな物になると数十万は必要となるでしょう。

いきなり高価な額を購入するのにはそれなりの理由が必要となります。経緯はどうあれJASRACと著作権の問題を絡めれば説明は非常にシンプルになります。

「JASRAC憎し」に流れを持っていくと経費の利用と父兄からの同意は容易です。しかも、高価な額を購入しても音楽利用料は相当高いと勝手に想像されてしまいます。この案内を書かれた方が意図したかどうかは不明ですが、このように目くらましに利用されることがあります。

想像力の欠如

そして、ちょっと想像してもらいたいのですが、JASRACの社員の方々には結婚もされていて家庭もあって、お子さんがおられる方もいらっしゃいます。その子供たちが学校に行って、自分のお父さんやお母さんの勤めている会社が悪くいわれているのをどう感じるでしょうか?その誹謗中傷の根拠がほとんど正当性を欠くもので、感情に煽られた憶測が多いという事実。

JASRACに勤めている方々は「かす」で、だからその子供たちも「かす」だからいいというんですか?真面目に仕事をしている人たちや企業に対して「かす」呼ばわりは許される事ではありません。自分の仕事にプライドを持っているひとなら簡単に想像できることです。絶対しません。

ものごとの背景には常に人の存在があること、血のかよう人間がいること、ちょっと想像すればわかることです。

侮辱されればつらいし悲しい、もし自分だったらという共感能力があればその痛みもすぐわかります。

大人のこのみっともない言動や行動を子供たちは見ています。子供はすぐにまねをします。それを学校でまねしたら何が起きるか想像できますか?「いじめ」の原因を作っている犯人は、実はこの社会の大人たちです。そのことを考えて、それぞれが思慮深く建設的な議論が出来ることを望みます。

結局音楽は誰のもの?

「音楽はみんなのもの」という意見をよく耳にします。カネとは縁の無い純粋なものというひともいます。ほんとうのところはどうなんでしょう?

音楽を作った人間の手を離れて、遠い知らない誰かの人生で深い関わりを持てたのであれば、その作品を作ったものは音楽家冥利に尽きるでしょう。

だからといって「創作者の手を離れてしまうと音楽は誰のものでもない」といいきられてまうと、「アナタの身体はアナタのものではない、神様から借りているのです」と同じで「いやまぁ、そりゃそうかもしれんけど...」と頭をかくことしかできません。

オーディエンスの権利

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人にはスキなものはスキ、嫌いなものは嫌い、趣味などではこれを選ぶことは自由です。人生いつでも望んだものを手にすることはできませんが、音楽は自分のスキなものを好きなだけ聴くことができます。そしてその人の時間とともに存在する音楽はそのオーディエンスのものです。

しかし音楽があまりにも素敵だからといって、それを複製して友達にあげたりするのはいけません。「ワタシと同じようにハッピーになってもらいたいから」という素敵な理由があってもダメです。音楽もクローンは作ってはいけないのです。それはその音楽を生みだしたクリエイター(創作者)に対する冒涜だからです。

クリエイターの子供たち

クリエイターはものを作ります。作り続けます。それが最高に自分を幸せにしてくれるからです。そしてその幸せをみんなと分かち合うために、作ったものを世に送ります。そうして生まれたものたちは、幸せを分かち合うことを夢見ているクリエイターの子供たちです。

この子供たちは自分を生み出したクリエイターのために、あっちこっちに散らばってクリエイターが伝えたいことをみんなに伝えてくれます。最高に幸せな気分をみんなに感じてもらいたいからです。ひとりひとりが幸せになれれば、世の中が少しずつでも良くなっていくことを知っているからです。

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ネゴシエーター(交渉人)

この子供たちにそれなりの対価を払って欲しいと伝えるネゴシエーター(交渉人)がいます。世の中に子供たちを贈り続けるにはリソースが必要だからです。ほんとうはクリエイター自身がやればイイのですが、おカネの管理がへたな人が多いのです。それに子供たちが多くなってくると難しくなってきます。子供たちがあまりも遠くで活動するともうどうすることも出来ません。

だからクリエイターは自分自身の選択でこのネゴシエーター(交渉人)にお願いするのです。面倒で大変な作業をプロにお願いするのです。この人たちはプロですから、必死で子供たちの活動が「ただ働き」にならないように頑張ります。いろいろ理由をつけてはお金を払うことを渋る人はいますが、ネゴシエーター(交渉人)は子供たちのために一生懸命頑張ります。

それは....

「クリエイターが音楽を育て続けられるように」

「街から音楽が消えてしまわないように」

ネゴシエーター(交渉人)がオーディエンスのところに行くことはありません。クローンを作ってクリエイターを冒涜しないかぎり。そのクローンを使って自分の私利私欲に走らないかぎり

音楽は誰のもの?

アナタが聞いている音楽、TVなどで耳にする音楽、ネットで聴く音楽はそうやって世界中を駆け巡ってアナタのところにやってきました。

音楽を聴くオーディエンス、それを作ったクリエイター、音楽を世に届けるディストリビューター、メディア、ライブハウス、音楽教室、そしてその間で事務処理をするネゴシエーター(交渉人)、みんながいるから音楽は今日も誰かの心で物語を奏で続けているのです。

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音楽はやっぱりみんなのものなのです。

最後の最後に

これから音楽を職業にすること考えている若い方々は、世間のデマに流されずに正しい知識を身につけて、セルフマネジメントをしっかり行って頂きたいと思います。

覚えておいて欲しいのは、世間でウダウダいっている人たちのほぼ全部が「音楽権利ビジネスと無縁の人たち」です。自分の創作に対する対価について真剣に考えるなら、正しい情報を身につけて欲しいです。そして、ちょっと嫌な言い方かもしれませんが、自分が得られる金銭的対価の「取りこぼし」を少なくして下さい。

最近ではネットで著作権関連の情報も仕入れることが可能です。その中で著作権管理をJASRACに信託するかどうかを、自身の判断で選べば良いのです。

JASRACに関しては、一般的にはわからないことが多いです。音楽を利用する側から見れば支払いシステムなどはわかりにくいことも多いでしょう。だからわかりやすい悪評のほうを信じる人が多いのかもしれません。

ここに書いたことは、どちらかといえば私と同等の初心者向けの話で、よくご存じの方からすれば退屈な内容かも知れません。包括契約とモニターサンプリング、裁判のこと、調べれば調べるほど多岐にわたってしまいます。

もちろんJASRACにも問題点があると思います。人も会社も完璧ではありません。何らかの「行き届かない部分」というのはあります。しかし、思いこみによる「勘違い」で人や企業を「悪者」であるかのように断言しそれを流布する、それがあまりにも目に余るのでこの記事を書きました。

お金を集金する業務は嫌われるのは世の常ですが、昨今の叩かれようは常軌を逸しているように感じます。

私はJASRACの社員でもなんでもありません。ひとりの音楽家です。ただ、人として間違った行為、群衆の中にまぎれ込んでその中から「石つぶて」を投げるような行為、そういった群衆を煽動する行為は「間違っている」といえるようにしたいのです。

また、間違いなどありましたらご指摘頂ければうれしく思います(内容の信憑性の欠如や勘違いなど)。ご指摘頂いた内容は、その都度修正していきたい思っています。

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この記事を書いた人

[Music Freaks]
日々、ピアノを弾くことで生計を立てています。アコーディオンも弾きます。そしてひたすら音楽製作してます。人の多い場所と鈍感な人、苦手です。音楽と共に生きてくことは愉しい、すべての人がそう思えるような世界を考えていきたいです。

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